Mattery 日週月記喜びと楽しみ

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30数年ぶりに

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信州の楽しみ方と雪かきⅡ

昨日はあの雪で信州上田に出張。新幹線はレジャー?スキー客でほぼいっぱい。
スーツのおじさんたちは絶対少数ですから、違和感が、、、。
やっぱり、軽井沢で人が降りる降りる。

しかし、やばいなあ。
大雪ですっごく心配しましたが、レンタカー借りて営業。
さすが信州、この程度は関係ないんですね。スタッドレスはいてるから?
工場を数カ所回って、お寿司屋さんで打ち合わせ。やはり、他社からの営業が来ていたとか。それもお客さんの海外子会社からのレコメンドもあったとか。来て良かった。危なかったなあ。
でも誠意は伝わったのか、この雪に都心から来たから?意外にも内示ありの受注、やったね。すっごく嬉しいけど、これから忙しいぞ!
おまけにお客さんにお寿司をご馳走になっちゃいました。こう言うこともあるんだね。

都心の雪の状況が心配でしたが、帰りに同僚と1時間ほど時間を作って温泉です。
雪降る山の中腹にあるびんぐし湯さん館
ああ、素晴らしい。
一面、白銀の世界。千曲川もモノクロームの世界で非常に美しいです。スタッドレスでも上れるかなと言うぐらいの山道を上って行きますが、さすがですね。温泉を道に流して雪を溶かしているんですね。安心だ。
やっぱり露天風呂でしょ。雪を見ながら湯船につかると、硫黄の香りが気分を増長させます。
平野や千曲川は雪でかすかにしか見えませんけど。感動だなあ。
大変なことが続いていたけど、努力を怠らなければこう言うこともあるなと、あえて気持ちを引き締めました。(ただ寒かっただけかも。(笑))

一夜明けた翌日の今日は、先週に引き続き、雪かきです。
まあ、すごかったですね。20、30cmは積もってるし、吹きだまりなんか入っていけません。
ロードバイクにも乗れないし、車も出せません。それどころか歩くのも至難の業です。
子供らが小さいときは大騒ぎで、雪合戦したなあ。
雪かき、娘は手伝いましたが、ボケ長男は後でやるとか言っちゃって、10時30分になってもベッドでまだ寝てます。後でやらせなきゃなあ。まったく。
でも天気が良くなって、早く溶けてくれないかなあ。
Dscf2404_1.jpg

明けましておめでとうございます

年が明けました。
明けましておめでとうございます。
こちらにお越しいただきました皆様、旧年中は本当にありがとうございました。
今年も自分の感性と気ままなエッセイを足跡のように記していきます。
何卒よろしくお願いいたします。

お正月は元旦から鎌倉の妻の実家、二日は爺婆の住まいに行ってお正月をします。
地元の神社で初詣かな。

またひとつ年をとるけどより慈悲深く、そして人間の温もりを求めて生きて行きたいです。

また、あちこちロードバイクで走りながら、風と空気と香りを愛でていきます。
趣味の温泉も楽しみたいな。

子供たちは娘が4月から大学に入り、長男長女、二人とも大学生、時々お付き合いしてもらいながら笑顔の印象が残るような生活が良いなあ。
年々、山あり谷ありですが、近年は再び奥さんが好きになってしまうようで怖いです。(笑)

仕事?目標による管理は当たり前だけど、仕事は性格的役割を演じて、頑張らないとな。
頑張るぞ!

新年元旦「志、定れば、気、盛んなり」

早稲田大勝で最高のテンション

天気が心配でしたがとんでもない。暑いの陽射しが強いのって、天気予報もいいかげんです。
それはそうと早慶戦は早稲田の大勝で単独4位確定のBクラストップです。(笑)
小野田の連日のホームランでもうテンションは最高潮でした。
しかし、応援席(=早稲田生)は攻撃の時は起立して応援もヒートアップ、ウェイブもあったり、応援チアガールのお姉さんたちも良いですねえ。ニコニコ。

早稲田の応援は慶応の比ではなかったし、慶応の方が早稲田より控えめなのかな?
応援は少なかったような感じです。
最後に春のリーグ戦の終了式もちょいと見てきました。明治、強かったですね。

球場を後に外苑前方面に歩いていくと、みーんな大学生歩きのダラダラ歩き。
駅近くで偶然ですが、「あれぇ~、うちのお兄ちゃんじゃん」
仲間5,6人で歩いてます。うちのお兄ちゃんのそばに女性(たぶん早稲田生)が一人くっついているけど、、、。錯覚?

奥さん「声かけるのはよしなさいよ。嫌がるでしょ」
濱童「関係ないよ、声かけろよ。」

とんとんと奥さんが肩をたたくと振り向いた長男君。目を丸くして

長男「あれ~!! メシ食って帰るからさあ」
濱童「お父さんとお母さんは帰るよ」
長男「うん」
女性がうちの奥さんにお辞儀をしてます。
うちの奥さんもすかさず笑顔でお辞儀。
なんか「あうん」の呼吸というか間のような感じ。
W仲間は青春の町、渋谷方面へ、濱童夫婦はオヤジの町、新橋へ向かい帰りました。(笑)
たまには良いですね。燃えるし一体感もすばらしい。
9-0の完封負けの慶応には、辛かったかなあ。
今度は秋季リーグで優勝だ。ファイト!

浜童家の家系 こ、こ、これは仁か!!

土曜日の掃除予定があり、朝9時過ぎに帰り、食事後に1階の掃除をしてましたら、濱童家の家系図と祖先の名前の藤沢(当時は鎌倉?)の郷土史の史書のコピーが見つかりました。
恐れ多くも郷土史に載る由緒ある家系とは驚きでロードバイク乗って事故っている場合じゃありません。(笑)

以下、抜粋引用

20.文中先生の墓、平氏満の墓

文中先生は慈眼寺の下に屋敷があり医業の傍ら寺小屋式の学問を教えていた。村岡地内に門下生として高谷鈴木太吉、弥勒寺永井由蔵、渡内石井藤吉氏がいる。この鈴木太吉氏外宮前の林重太郎、渡内の福原藤太郎も同じ門下と聞くがさだかではない。いづれにしても弟子一同が文中先生の碑を明治9年に建て弥勒寺に永代施餓鬼料を寄進、今でも毎年盆には2本の塔婆が上げられている、この先生の細君が福原増三さんより嫁がれている細部は今後の調査にしたい。
------------引用終わり---------

へぇ-、まるで江戸時代の医業なんてまるで 「仁」 みたいだ。
それで家系図を見るとこれがまた複雑で、先生からずっと見ていくと、養子縁組とか家督相続とか、はたまた養子縁組するが離婚とか、記述がないですがどう考えても、愛人?お妾さん?の子孫とか?お盛んなご先祖様もいたようで、、、。困りましたな。
で、濱童のおじいちゃんや父に行き着くということで、濱童が直系嫡男で我が家の長男がそのまた子供となるようです。しかし、墓守は濱童家では無くて上の方の女性家系の末裔がお墓を守っているそうです。もちろん親戚になるのですが、顔も何も知りません。

藤沢道路区画事業に引っかかってお墓の仮引っ越しになり、役所から家系図(役所で作ったか?)から関係者に連絡があり、役所、慈眼寺ご住職、当時の父や父の弟、その関係者(親類)が集まり、墓を掘り起こして、仮住まいに移設したようです。お墓には6体とか7体が掘り起こされたとか聞いた記憶があります。
まじまじ見ながら、直系の濱童おじさんは身が引き締まるも、こんなユルユルで文中先生はさぞ怒っているだろうなとか、悪い友達と付き合っちゃいけないと、今日だけ心に決めました。(爆笑)
悪いお友達? そうそれは ですよ。(笑、失礼)

でも不思議、こうなると文中先生は江戸時代どこからどう生まれてきたか、この人生も探してみたいですよ。後の将来、濱童おじさんのこともわかりやすいように記録に残しておこうかな。
だれも見る奴もいないどころか、ゴミで出されちゃいますね。(笑)

終わり。
not to be continued.

やっぱりサッポロは恋の街?

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シンカンって?

早稲田の入学式が終わって、長男が妻に「しんかん」で大学に行くって言ってるのを小耳に聞きました。
なんだ、しんかんって?
「しんかん」って新刊?、新館?、震撼?しかわかりません。
正解は「新入生歓迎○○」。略して「しんかん」だそうです。父はもうついていけませんね。(笑)

早稲田で高校時代の友人から「新歓」は友達を作るチャンスだと言われて力を入れて行ったみたいです。

応援団長さんが友達を作るコツを伝授してくれましたけど、
A君「どこの出身高校?」(と聞かれたら)
B君「○○高校です。」
A君「おお、名門!!」(と答える)
応援団長さんのアドバイス通り言ったかどうかはわかりませんが(笑)、
奥さんから聞いたところによると、学部入学式でも本来は厳粛な入学式なのに。目立っちゃったとか。
本人の名誉と特定されちゃうので言及しませんが、まあ、想像できると言うか期待を裏切らない我が家のホケ長男です。
これからも心配と楽しみが交錯しています。(爆笑)

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